充足はどのように得られるのでしょう。
最初から型にはまった幸せ(充足)が無い子供達は、自分以外の全ての外的対象(親だけでなく他人も、人だけでなく動物や植物、自然現象さえも)を肯定的に捉えられると思います。好奇心が旺盛なこと、幼い子供ほど誰とでも一緒に楽しもうとすることなどがその証左と思います。
その肯定性があるが故に、対象が何であっても充足対象とすることができるのでしょう。
反対に大人たちは自己を確立するが故に、あの人は好きだがこの人は嫌い。あれはしたいがこれはしたくないといった「自分の充足はこうである」との型をはめ、結果的に充足できる対象をまず限定しているのでないかと感じます。
その結果、「自己によって限定された世界」でしか充足できなくなっているのでしょう。
さらにいえば、「自己によって限定された世界」ですら実現できていない人が多数では無いかと思います。
自己によって限定された世界は自分を中心に据えるが故、結果的に「自分と人との差異」が充足の妨げになり、自分ひとりでしか充足できなくなっているのだと考えます。
こうなってしまった大人たちが子供のように充足するためには、もう一度子供の心に還る必要があるのでしょう。それは、確立した自己を取り払うということと同義だと思うのですが。
小西康雄
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